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銭湯ペンキ絵師 田中みずき × 星野リゾート 星野佳路

たった1日で描きあげる
銭湯ペンキ絵と銭湯の魅力

田中みずき

2003年、大学の卒論テーマ探しをきっかけに銭湯ペンキ絵に出合い、銭湯ペンキ絵師・中島盛夫氏について見習いを始める。その後、中島絵師のもとに弟子入り。見習い期間も含めて通算9年間の修行を終えて、2013年に独立。現在は昔ながらの銭湯をはじめ、デイケアセンターやシャッターなど全国各地のさまざまな場所でペンキ絵を制作している。 「銭湯ペンキ絵師見習い日記」

Vol.1 この文化を絶やすのはもったいない!
銭湯ペンキ画家になろうと思った

星野

田中さんにお会いしたいと思ったのは、ある雑誌で田中さんの記事を読んだのがきっかけですね。銭湯って日本文化でしょう。僕は温泉旅館に育ちました。我家の旅館の大浴場にはありませんでしたが、銭湯にいくと必ずペンキ画がありますよね。それが定番アートとして約束されている。この定番アートのために専門家がいて、それを若い人が継いでいってるってすごいことだなぁと思いました。それも継ぐのが親族なわけじゃなくて、女性で美術の世界から来て描いているというのがすごいと。これはお会いしなければならないと思ったんです。

田中

ありがとうございます。恐縮です。

星野

どういうところから銭湯のペンキ絵に興味をもたれたんですか?

田中

私は大学で美術史を学んでいました。卒業論文を書く時期に、何をテーマにしようか迷って好きな芸術家や作品を抜き出していたんです。その中に福田美蘭さんや、束芋さんといった方がいたんです。その方たちが銭湯をモチーフにした作品を作られていて、自分の好きな芸術家が銭湯が好きなのなら、銭湯に行ってみようと思って。そこからペンキ絵の存在を知りました。
ペンキ絵は何で描かれているのか、何をモチーフにしているのかといろいろ調べているうちにひき込まれていきました。福田美蘭さんは、美術史の見方を作品を通じて変えたり、絵の中の登場人物の視点に立って作品を作られたりする方なんです。あるグループ展で、ペンキ絵をモチーフとしたものに参加しておられたんですね。

星野

ではその企画展に行って見なかったら、田中さんはこの銭湯画の方向にはいかなかったかもしれませんね。

今回の対談場所は江戸川区「第二寿湯

今回の対談場所は江戸川区「第二寿湯」。田中さんが描いた美しい富士山と松原、そしてえどがわ銭湯応援キャラクター「お湯の富士」が。江戸川区浴場組合公式サイト「湯らり江戸川」

田中

テーマに迷っているうち、思い出したんです(笑)

星野

卒業論文って大事ですね。何か題材を探すから、好きなものを探すチャンスになったんですね。美術史の卒論で銭湯画をテーマにした人はあまりいないんではないですか。

田中

意外にいらっしゃるかも知れません。

星野

日本の芸術のひとつなんだな。

田中

芸術というより、大衆文化だったり、壁画の一つだったりするんでしょうね。

星野

美術史をやっていたんですか。絵を描いていたわけではなく?

田中

文学部のなかに美術史のコースがあるという大学だったんです。昔から絵を描くのは好きで、美大向けの予備校に通ってはいたんですが。現代美術をやるのであれば、美術史をやるのもいいと思いまして。大学時代は全然描いてなくて。銭湯画について調べているうちに、それを描く人の数がどんどん減ってきていて、しかも60歳の方が当時の一番若手で、おそらく100年したらこの文化はなくなってしまうだろうとわかったんです。誰かが動かないといけないけれど、経済的なことを考えると誰も動かないだろうと。じゃあ、自分で動くのが一番簡単だと思ったんです。

星野

描こうと思った決断の瞬間を聴きたいですね。世の中には、もう職人さんがいないという仕事はいっぱいあると思いますが、自分自身がやろうとはなかなか思わないですからね。

田中

いくつか理由はありましたが、まず根底に私は自分の人生を計画して考えていなくて、なんとかして生きていけるだろうという思いがあった。それと就職活動をしたときに、不況の時代で思うようにいかなかったり。決断した瞬間は、卒論を書くときに、銭湯画を描く様子を見にいった時に、その後私がついた師匠が本当に素早くわーっと一瞬のうちに絵が変わっていく描き方をしたんですね。明るい色調で、どんどんタフに描いてくリズム感みたいなものが絵に残っていて。見ていて本当に楽しかったんです。それが本当にすごくて、この技術を絶やしてしまうのはもったいないと思ったんです。なんとかしたいと。

最初の3~4年は空を描く。
一人前になったらすべてを1日で描く。

星野

就職のように弟子入りしたわけですか。

田中

いえ、その方の弟子入りの条件が「別の仕事を持て」だったんです。銭湯自体の数も減っているし、経済的に難しいだろうと。別の仕事を見つけて、弟子入りしたんです。

星野

別の仕事をもって、弟子入りしたんですね。他に弟子は何人いたんですか。

田中

私一人です。

星野

一人だけ弟子になって。制作の現場に一緒に行くわけですか。

田中

はい。初めのうちは見学だけさせていただいていました。そのうちに、荷物を運んだり、制作のために汚れないように浴槽をカバーをしたりという下準備。その次はひたすら、空を塗る作業でした。

星野

寿司屋の修行みたいな感じですね。空は何年描いたんですか。

田中

空のみで、、、3~4年位でしたね。

星野

すごいですね!

田中

空を描き始めたのは弟子入り後1ヶ月くらいからですね。そこからだんだん描く位置が下がってきて、雲を描き始め、小さな松を描かせてもらったりとか。島に光を入れたり、海にグラデーションをつけさせてもらったり。ちょっとずつ描けるところが増えていきました。

星野

そこから全体を描けるようになるにはどのくらいかかったんですか。

田中

弟子入り中に一度、男湯と女湯のどちらかを描いてみたりとか。両湯描かせてもらったのは7年目くらいでした。

ペンキ絵で使うペンキは、赤・青・黄・白のたった4色。その場で色を作り、グラデーションやボカシ、陰影やハイライトも入れていく

ペンキ絵で使うペンキは、赤・青・黄・白のたった4色。その場で色を作り、グラデーションやボカシ、陰影やハイライトも入れていく

星野

やっぱり寿司屋の修行と同じくらいですね。面白いですね。それは別に教育プログラムがあるわけじゃないですもんね。

田中

はい。師匠が様子を見ながら、色々指導してくださいました。

星野

そうか、銭湯は富士山が両方にあるわけじゃないですもんね。仕切りは下の方だけで、見上げるところは共通だから。こういうパターンが多いんですか。

田中

そうですね。なので、富士山のない方を描かせてもらうところから。

星野

最初に富士山側を描いたときは感動したでしょう?

田中

とても緊張しました。感動というよりも。

星野

富士山が浅間山になった?(笑)

田中

富士山に見えなかったかもしれないですね(笑)。今はもうなくなってしまった銭湯なんですが。初めて富士山を描かせてもらったのは、品川区にあった銭湯です。

星野

それはもったいなかったですね。

田中

写真は残してあります。

星野

こういう銭湯の絵は描くのにどれくらいかかるんですか。

田中

ペンキ絵というのは、他の美術と違って制作の効率が重要です。銭湯がお休みの日の1日で男湯と女湯を合わせて1日で終わらせないといけないんです。昔は1日に2軒描いていたということもあったようですよ。

星野

1日で描くんだ!すごい!
しかしその場で描くのは1日でも、事前に構想を考える必要がありますよね。構想にはどのくらいかけるんですか。

田中

初めて描かせてもらう銭湯だと、1ヶ月くらいかけたりします。ペンキ絵があることに慣れている銭湯だと「当日来てくれれば」というところもあります。

星野

そんなわけにはいかないでしょう。

田中

そうですね。一度現場は見ておきたいですね。

星野

オーナーさんがこだわる場合は、小さな絵を描いたりするんですか。

田中

はい、何パターンか描いていきます。イメージ図があると、何もないときには出てこなかった具体的な要望が出てくるので。

星野

インテリアデザイナーとか建築家に似てるね。プレゼンテーションするわけですからね。アーティストとインテリアデザイナーの間くらいな感じですね。

田中

アーティストというよりは、昔の工房の製作と似てるんでしょうね。

星野

でも出来上がったらアートだし。日本ならではの仕事ですね。僕なら雪山と、小さくスキーヤーを描いてもらうかな(笑)そこにある絵が変化するって、いいですよね。

田中

「銭湯にいく」ことが生活のルーティーンだった時代に、そのなかの変化を楽しむという意味もあったのだと思います。

Vol.2 銭湯ペンキ絵の定番は富士山。それにプラス、依頼主の心の原風景を

星野

銭湯のペンキ絵というのは日本全国どこにでもあるものなんですか。

田中

映画だったりドラマだったり銭湯に行くと富士山の絵があるのが当たり前だと思っている人もいると思うのですが、実はこういうペンキ絵は東京を中心にして神奈川や千葉など関東圏のものなんです。関西に行くと、タイル壁が珍しくありません。

星野

関東圏の文化なんですね。なぜ主だったモチーフが「富士山」なんでしょうね。

田中

東京には近代から富士山型の模型を作って愛でる文化があるんですね。富士塚があったり、明治時代にはパノラマというぐるりと風景絵画に囲まれた装置の見世物があって、その絵の中の世界に入って作品を楽しめたり。そこにも富士山が描かれています。また、富士山型の巨大な見晴台が大人気になったという記録も残っています。

星野

僕は「箱根などの温泉地にちなんで、銭湯をそこに見立てて描く」という仮説をもっていたのですが。

田中

それは違うようです。なぜ「富士山」なのかということには諸説あって、初めて銭湯画を描いた人が静岡県出身の人だったという研究もあるんですが。

星野

富士山以外にもあるんですか。

田中

面白かったのは、北海道出身の銭湯好きのかたが、都内にペンキ絵を描ける銭湯を探して故郷の名山旭岳を描いてほしいというのもあったんですよ。

星野

なるほど。世界から声がかかったりするんじゃないですか? 中東の富裕層の王様から「うちの家の風呂に絵を描いてくれ」とか。

田中

昔日本に住んでいたイギリスの方から、イギリスで家を改築をしたからそこのお風呂場に江ノ島の風景と富士山の風景を一緒に描いてくれ、と頼まれたことがありました。イギリス現地まで呼んでくださいました。

星野

個人宅ですか!どのくらいの大きさですか。

田中

ここの男湯の半分くらいの大きさでした。すごくこだわりのある方で、お風呂は檜風呂でしたね。

星野

イギリス以外に、他で描いたことはあるんですが。地方の温泉旅館から声がかかったりしないんですか。

田中

あります。栃木県那珂川町の「馬頭温泉郷 南平台温泉ホテル」です。

星野

そこも地元の風景ですか?

田中

そこは富士山と新幹線です。

星野

いろいろ組み合わせにこだわりがあるんですね。僕なら富士山と、噴火している浅間山かな(笑)。地元の人間は、山の形を覚えて育ちますからね。僕も描けと言われれば、浅間山なら描けますよ。授業で何度も描かされたし。生涯のうちで2~3度噴火するから、それでまた山の存在感を感じたりね。

田中

軽井沢はリゾートのイメージがありますから、いろんな山が描けそうですね。

星野

やはり富士山のオーダーが多いんですか。

田中

9割は富士山ですね。

星野

残りの1割は違う案件ですか。うれしいんですか?困りますか?

田中

基本的にはご要望にお応えして、というのがあるのですが、ちょっと不慣れでドキドキします。富士山のほうが安心ですね。

星野

富士山は毎回違うんですか。

田中

絵が新しくなったことを感じてもらわないといけないので、形や色は少しずつ変えています。富士山も静岡側から見た形、山梨側から見た形というのがありますし。

星野

富士山は必ず雪はあるんですか。

田中

2~3月の雪がある富士山ですね。周りの風景は初夏のような緑を描きます。絵のなかで色んな季節が同居しているんです。

星野

北斜面のときは、実際にこういうときがありますよ。河口湖から見た富士山は、雪に、地上には桜まで咲いているときがあるんです。それが一番美しいと僕は思っています。

田中

河口湖からの富士山の美しさは有名ですね。富士急ハイランドで描かせてもらったときに、あまりにも美しくて驚きました。湖に富士山が映っているし。

星野

富士山とプラス何か、という組み合わせなんですね。そしてその「何か」の方にオーダーする人のもう一つの思い入れを感じますね。

対談場所となった江戸川区の「第二寿湯」のご主人・鴫原和行さんにもご登場いただき、銭湯のこれまでとこれからについてもお話を加えます

対談場所となった江戸川区の「第二寿湯」のご主人・鴫原和行さんにもご登場いただき、銭湯のこれまでとこれからについてもお話を加えます

「お風呂のなかから富士山が見えたらいいね」
という素朴な願望

星野

今日知った大きなことは、銭湯画は1日で描くっていうことと、2~3年で塗り替えているということです。インテリアとして建物と一緒に変わらずにいるのかと思ったら、頻繁に塗り替えていて、その度に富士山の位置が変わったりしている。
しかしなぜ2年くらいで変える必要があったんでしょうね。
これは、ここのご主人の鴫原さんに聞きましょう。

鴫原

やはりね、木造建物だからじゃないでしょうか。湿気による防腐予防などのために塗装は定期的にメンテナンスが必要です。では、そこになぜ絵を描こうかというのは「お風呂で富士山が眺められたら、いいよね」という素朴な願望があったと思います。補修と楽しさの二つの意味でこうなったんでしょう。
浴場の背景画は、絵が変わるとお客さんがとても喜びますね。銭湯には気持ちのいい雄大な富士山があって、いい湯があって、子どももワーワー騒いでにぎやか。それをたしなめるおじいさんおばあさんがいる。親たちは井戸端会議して、1日の疲れを癒す。昔のお風呂屋の賑わいは、ごうごう揺れるような感覚がありましたね。身も心もリフレッシュされる空間だったんです。そこに決定的な富士山があるというわけです。

星野

修復とお客さんへのリフレッシュ効果で広々とした風景の富士山が必要だったんですね。確かに湯気が上がると、木造は傷みますね。

鴫原

天井が高くて湯気抜けがあって、というのがあればいいんですけどね。

星野

絵、そのものも劣化しますか?

鴫原

ささくれみたいにめくれてきちゃいますね。温泉も毎日の事だから星野さんもご存知だと思いますけど、営業日をつぶしちゃいけなかった。

星野

そういうオペレーションの話は興味があります。定休日はあるのですか?

「第二寿湯」の掲示板には英語のポスターや健康薬用風呂

「第二寿湯」の掲示板には英語のポスターや健康薬用風呂、そして落語会などのイベントのお知らせが。 「第二寿湯」

鴫原

昔は月曜定休が多かったんですが、今は金曜定休が多いです。近隣のお風呂屋同士で定休日が重ならないようにはしていました。今は週末需要が多く、土日は1.5~2倍になります。イベント風呂をやったりもしています。ゆず風呂、グレープフルーツ風呂など、イベント風呂をやると、ファミリー層を中心に3割増しくらいになります。
今は、昔と違い家風呂が普及していますので、週末に娯楽としてファミリーでいかにきてもらえるかが大事ですね。銭湯文化を守りつつ、新しい試みをしながら、この文化と魅力を世界に広めていかないと考えています。
今、江戸川区の銭湯は39軒。最盛期は149軒でした。でも、銭湯はよい地域コミュニティです。独居老人対策、子どもの情操教育にも、いい空間だと思います。そういう場所としても機能していけばと考えています。

Vol.3 インターネット発信で広がる銭湯とペンキ絵の可能性

星野

田中さんが銭湯絵で、何かこれまでと変えたことはありますか。

田中

インターネット発信ですね。ブログで作品をアップしていたり、今まで描いた案件を紹介しているんです。

星野

情報発信を始めたんですね。

田中

銭湯はながらくネットとは無縁だったので。

星野

それをわざわざ見に銭湯に行く人も出てくるんだろうね。

田中

あと、「この銭湯の外の様子は見られるけれど、中はどうなっているんだろう」というのもわかりますよね。ペンキ絵だけのことだけでなく、銭湯自体のこともご紹介しています。最近は住所や営業時間についての情報は英語でも書いているんです。

星野

国内からも海外からも「こことここを見て帰ろう」みたいな人がいそうですね。美術館に近いですね。

田中

外観の写真を撮ったり、脱衣場など細かくスケッチをしていく人もいるようです。

星野

なるほど。田中さんがこれから描いてみたい絵はありますか?

田中

根本的にみなさんがイメージするペンキ絵を描きたいです。それをやりつつ、変わった要望も受ける、と。定型があるから、変えたときに変化が楽しめると思うので。

星野

基本的な定型ってなんですか。

田中

青空、富士山、水辺の風景。本で読んだのですが、昔はハワイの風景が描かれていたこともあったようです。今は企業広告の案件などだと、ネットで画像配信したいので、ペンキ絵そのもの中に広告商品が入ってきたりすることもあります。ネットが出てきたことで、ペンキ画の描かれ方、あり方にも変化が出てきましたね。地域起こしで、シャッターに銭湯ペンキ画を描いてくれとか。銭湯の壁画だけではなく、デイケアセンターのお風呂場とか、飲食店の壁など、いろんな話をいただいています。先日も自由が丘のバー でライブペインティングをやりました。夜景の富士にしてほしいというオーダーがありまして。月明かりを浴びた黄色の富士山にして、反対側には東京タワーとスカイツリーを描きました。

星野

このペンキ絵というのは、アートの世界のなかでは特殊なものなんですか。

田中

ペンキで絵を描くというのはあまりなかったことなので。画材が独特なものですね。また、描き手のコンセプトははずしていって、銭湯のご主人のご要望に合わせたり。絵の意味を省いてお客さんが親しみをもてる風景を描く。それは今の美術の流れとは違います。

星野

発注する側の望むものを描く、ということですね。

田中

はい。昔はペンキ絵というのは、絵の下に掲示される広告の費用で制作されていたので、広告主も意識する流れがあったと思います。私が卒業論文を書くきっかけになった福田美蘭さんの作品は、その歴史を知った上でペンキ絵内に現代のいろんな企業のロゴを隠していれるというものでした。

星野

へえ。面白いですね。

田中

島の木の緑のなかに、こっそり入っていたりとか。

星野

島の建物の看板に「星野リゾート」と描いてあったり(笑)。

田中

はい。ちなみに、この第二寿湯は「お湯の富士」というえどがわ銭湯応援キャラクターが入っています。

星野

なるほど~。広告とお客様の楽しみが一体化してるということですね。文化として楽しめる空間にするって大切だと思いますね。

田中

世代を超えて楽しめる場所っていうのもいいと思うんです。旅先でも、近くでいいお店ありますか」って銭湯の店主さんに聞いていたら、隣から銭湯に来てた知らないおばあちゃんが「ここがいいよ」と教えてくれたりします(笑)。

星野

地域の観光案内所にもなってるんですね(笑)。

大きな湯船と気持ちよい風景絵の下裸で人々が交流する場、銭湯。日本の独特の文化を守りながら進化していくだろう

大きな湯船と気持ちよい風景絵の下裸で人々が交流する場、銭湯。日本の独特の文化を守りながら進化していくだろう

星野

僕の今日の最大の学びは銭湯画は「1日で描いている」ということです。発想が変わっていっちゃう。すごいインパクトですよね。メンテナンスもあるけど、日本文化って季節感が大事でしょう。温泉旅館でも料理とかしつらいを毎月変えているんですよ。だから、毎月変わるといいなぁと。月めくりカレンダーのように。やろうと思えばできちゃうんですよね。生花飾るより、個性的でステキですよね。色々できることが増えてきた気がします。ありがとうございました。

構成: 森 綾 撮影: 萩庭桂太

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