「物語」を出た後も、
現実につながっているという面白さ
- 星野:
- 今日はやってみて、予想以上に面白かったです。予想以上に必死になっている自分がいました(笑)。面白いと思った理由のひとつが、普段、一緒に仕事をしている社員たちの違う側面が見えたことです。おとなしいと思っていた人間が大声を出していたり、みんなに号令をかけたりしている。「まだ暗号が全部揃ってないじゃないか」と、僕が言ったら「揃ってなくても解けました! なんでもいいからやってください!」と言われて。一つ目の謎が解けました(笑)。
- 加藤:
- 面白かったですか!ありがとうございます。「リアル脱出ゲーム」は、人間の本質が出ちゃうかもしれません。長年の男友達と参加して、「リアル脱出ゲーム」がきっかけでその男友達と付き合うようになるとか。その逆も時々あるみたいですけど。
- 星野:
- 「こんなに使えない奴だったんだ」となるわけですね(笑)。そっちのほうが面白いじゃないですか。結婚する前には一度来たほうがいいですね。
- 加藤:
- 「リアル脱出ゲーム」でチェックしてもらうと。
- 星野:
- タイムプレッシャーが来たときに人柄がわかるからね。
第二の謎が解けたところで「脱出成功!」と思って\(^o^)/するが…甘かった
- 加藤:
- 役に立つかどうかもわかりますけど、人のせいにしちゃうとか、悔しさを楽しめないとか。「あのときこうしておいたらよかった。残念だったな」と笑って言える人と「こんなのおかしいじゃないか」と、自分以外のもののせいにしちゃう人とか。
- 星野:
- 致命的な瞬間ですね。
- 加藤:
- ビジネス上でも「この人とはもう仕事できないな」とか(笑)。
- 星野:
- 入社試験でどうだろう。会社の中にひとつセットしておいてね。汎用性が多いかもしれない。ビジネスチャンスが広がりますね。将来、どうなっていくんですか。依頼も増えているとか。
- 加藤:
- 依頼も増えてますけど。ただ僕らは徹底的に「B to C」の会社であるべきだなと思っているんです。5年位前から広告関連の依頼はひっきりなしに来たんですよ。面白いと思ったところとは組んでいろんなキャンペーンを作ったりしました。いろんな企業さんを喜ばせるのも、面白ければ今もやるんですけれど。それよりは、僕みたいな気持ちを抱える人たち「物語の中に入りたい」と思う人たちのために作ってくのが本筋かなと思って。なるべく企業やテレビとかとは距離を保っています。新しいエンターテイメントを作ってるような人とは組みたい気持ちはありますが。
- 星野:
- 「脱出」はゲームの要素だけれど、脱出が大事なわけではない?
- 加藤:
- そうですね。僕がやりたいのは物語の体感だし、ここで物語は体感できて、外に出てもあなたの物語はまだつながっているんですよ、ということを伝えたい。日常だって捨てたもんじゃない。それは世界中どこででも物語になるということだと思っているので。
- 星野:
- たとえば今日の僕らが体験した「時空研究所からの脱出」では、タイムマシーンが出てきますが、タイムマシーンの概念を体感するわけですね。
- 加藤:
- タイムマシーンというのはみなさん知っているけれど、当然体感したことはないですから。もちろん、本物のタイムマシーンではないけれども、それを使うことを体感できるわけです。
時空研究所からの脱出は残念ながら果たせなかった。が、楽しさで満足の笑顔。スタッフの人たちの演技力も物語の魅力
- 星野:
- 確かにゲームの中で、僕たちもタイムマシーンの使い方が、だんだん熟練してきましたよ。そして、現実でも10年前に戻ったら、子育てをもっとこうするべきだったと思いましたから(笑)。現実に出ても物語だとよくわかりました。
リゾートは徹底した非日常作りの場。
- 加藤:
- 僕らが意識しているのは、一回昔見聞きしたような事をリアルに体験してもらおうということです。リゾートというのも、ドラマの中で見たような1シーンだから癒される。写真で見た風景に実際にいく、というようなことを意識されることはあるんですか。
- 星野:
- それはありますが、どちらかというと日常感を排除する工夫をしていると思います。「星のや」は非日常空間を演出しようとしていて、部屋にテレビは置いていません。軽井沢にも京都にも竹富島にも、先日オープンした「星のや富士」にも、どこにもない。最初はクレームをいう人もいました。ただ、テレビがないことは僕らにとって大事なんです。その地域、その環境を楽しんでもらうために、テレビはあっちゃいけないと思ってるんです。
「星のや軽井沢」では、駐車場から部屋まで車で行かなければならない場所にあります。駐車場が近くにあるだけで日常(都会)に戻ってしまうからです。レセプションとリゾートのエリアも相当離しています。お客様にとっては、これも不便です。ちょっとよそへ食事や買い物に行くために離れた駐車場に行かなければいけませんから。でも非日常圏となると、都会の日常の要素がないところに連れていかないと。それが今はうけています。結果的に10年も経ってみると、それが好きな人がリピートしてくれているんですね。

- 加藤:
- 非日常にもいろいろあると思うんですけど、完全な非日常、見たこともないものには癒されないんじゃないかと僕は思っていて。なんか写真で一度見たりとか。その「非日常」を作るのに心がけていらっしゃることってあるんですか。
- 星野:
- 地域の文化をきちっと出すことでしょうね。まったく見たこともないというよりも、日本国内の場合は「昔の日本ってこうだったんじゃないか」という歴史観をベースにしたうえで、リゾートとしての快適性を大事にしています。
- 加藤:
- ちゃんと根拠があるんですね。一つの場所をつくる理由みたいなものが。
- 星野:
- リゾートというハードは土地の文化をベースに作りますが、そこで提供するサービス、物語というものは、スタッフが提供して進化させなくてはいけない。その土地で進化させやすいテーマにやはり、地域文化です。たとえばいきなり日本の村に海外風施設をもってくるとかいうのは、限界がくると思っていて。
例えば沖縄の「星のや竹富島」で、琉球の文化をテーマにしようと思ってると、おじいちゃんおばあちゃんが「こんなものを食べていた」という話を聞いてきてそれをアレンジして出してみようとなりやすい。土地を学び、発展できるテーマを設定しておくのがいいと思っているんです。
- 加藤:
- 紐解いていけるってすばらしいですね。それをスタッフが自発的に。
- 星野:
- はい。長老たちに見聞きして、伝統の食べ物や習慣に、お客を誘う。やればやるほど本物らしくなっていくし、素材がいっぱいあるんですよね。地域とまったく関係ないテーマを選んでしまうと、紐解ける、深堀できる要素が少なくなってしまう。結局、完成したときがよくても、すぐ飽きられていっちゃう。
- 加藤:
- そういう意味で世界観を作っていく、物語をつくっていくという意味で、我々がやっていることと似ているのかもしれません。相当同じようなマインドがありますね。
「リアル脱出ゲーム」の物語は
空間規模で感動の種類も変わる
- 星野:
- 「物語」を考えるのは大変でしょうね。
- 加藤:
- 大変ですけれど、まあそれがすべて、でもありますね。
- 星野:
- あれは1人で考えるんですか。それとも何人かで。
- 加藤:
- だいたい4人ですね。
- 星野:
- 議論しながら作っていく?
- 加藤:
- そうですね。ブレストしながら作っていきます。
- 星野:
- 逆にテーマを決めるときはどうしているんですか。今度のテーマはこれでいこう、と。
- 加藤:
- うーん。1番は、世の中にないものを作り出そう。2番目はありそうでなかったものを作り出そうということを目指しています。潜在的に「あってほしい」と思っていたものを作りだそう。「あってほしい」と思っていてまだないものが、きっとあるはずだという意識で。そこから先には個人的に「わー、作りたいね、これ」と会議が盛り上がる瞬間をひとつずつ捉えていく。
- 星野:
- 4人というのは、ほぼ同じ4人なんですか。
- 加藤:
- そうです。
- 星野:
- これは1人欠けると大変ですね。バンドみたいなもので。
- 加藤:
- ブレストも全員が話す達人じゃダメで、その中の何人かは聞く達人にならないといけない。そしてタマムシ色に話す人、聞く人がどんどん変わっていって、テーマが決まるときには4人とも両方を果たしたというふうになってないといけない。
- 星野:
- それはなかなか大量につくっていくのは難しいビジネスですね。
- 加藤:
- テーマ設定は空間規模にもよりますね。大きな空間、中規模なところ。今日体験していただいたのは一番ちっちゃい規模の空間なんですけれど、小規模の空間では、より物語への没入感を感じてもらう面白さがあると思います。規模に応じて得られるもの、物語との距離感が違うとは思っています。やっぱり1000人いっぺんにどーんとやったときっていうのは、物語との距離感は遠いけど、その中でたった80人の人だけが謎が解けた瞬間、その80人は物語に一気に近づけるんですよ。そして残りの920人はその80人を賞賛するんです。
大規模空間にはダイナミズミムがあって、その“大規模”と“大人数”を使った大きな物語を作ることが可能になるし、解けなかった人の悔しさと解けた人の喜びをどんどん増幅します。感動の種類というのがちょっと変わっていくのかなと思いますね。

- 星野:
- 感動の種類が変わっていく。なるほどね。僕らも今日、あれが解けていたらすっげー感動してたのに(笑)。密室感の楽しさはありました。初めて感じる面白さだった。
- 加藤:
- 僕らが一番思ってもらいたいのは、なるほど「リアル脱出ゲーム」ってこういうことか、次行ったら解けるね、と思ってほしいんですよ。
- 星野:
- 確かに次はもっとうまくできると思いました。もっと分業できるとか、ノウハウがあるじゃないですか。
- 加藤:
- 実際みなさん、どんどん成長されていかれて、脱出成功率は上がっていくんです。そう思ってもらえるものをちゃんと作らなくちゃいけない。1回目でぽっと脱出してしまうのもうれしいかもしれないけれど、あえてそこでは喜ばせずに。喜びを得られると、末長いお客さんになってもらえるという実感はあります。
- 星野:
- あえて原点は「物語に入ってみたい」ということだから。「入りたかった」という自身がいるからぶれないね。来場者数は年間どれくらいなんですか。
- 加藤:
- 2015年は60万人以上の方にご参加いただきました。僕は自分をマニアックな人間だと思っていて、ひとりぼっちだと思っていたんだけど、実はすごいたくさんの僕と同じ気持ちの人がいるんだと。
構成: 森 綾
撮影: 萩庭桂太