Vol.3私1人で子どものような目で
選ぶから、豊かになる

星野:
実際、アーティストはどういうふうに集められているんですか。
北川:
僕は全部一人で決めます。
星野:
そうなんですね。そこがキモですか。
北川:
はいそうです。
公募もしておりますが、時によって見え方が違うので、何度か見返して選んでいきます。
星野:
有名な人も公募してくるのですか。
北川:
相当有名な人もきますよ。でも有名無名に関係なく見ています。
いろんな人たちが「北川フラムだけで決めるのは困る」とは言うと思う。でも委員会を組んでも、結局、毎回同じような人選になってしまう。僕が独断で決めていくほうが多様になる。今の民主主義的なシステムでは「僕一人で決める」はタブーです。でも、そこは譲れないと言っています。
星野:
独断で決めると。

全ての芸術祭のアーティストを一人で選ぶ北川さん。対談日にも開催中の「北アルプス芸術祭」の作品から、面白いものを選んで見せてもらう 全ての芸術祭のアーティストを一人で選ぶ北川さん。対談日にも開催中の「北アルプス芸術祭」の作品から、面白いものを選んで見せてもらう

北川:
そのほうが豊かになります。その理由のひとつは、いいアーティストほどプレゼンテーションが下手なんです。だから、委員会任せにするとプレゼン上手な建築家とデザイナーだらけになっちゃう。建築家はプレゼンよりいい仕事を見たことがないです(笑)。アートはプレゼンより面白くなるものが多いです。僕は建築に関しては、相当厳しくフィルターをかけます。
星野:
建築家が出してくる作品、ということですか。
北川:
はい。建物っぽい作品ですね。
星野:
直接、応募者のプレゼンも受けるということですね。
北川:
気になる人には会いますね。
星野:
やっぱりアートを見る目、なんですかね。目利きなところも大事なんだな。
北川:
それは率直に、子どもの見る目の面白さと同じです。それぞれの専門のところで、みんなそうなんじゃないかな。いろいろとねじれていくけど、最終的に面白いと思う目は子どもの目と同じなんじゃないかな。へんなこだわりでブレるだけで。
星野:
選ぶときに「この芸術祭だからこれ」という地域の目線はありますか。
北川:
多少ありますが、僕が人選する時点ではあまり関係ないですね。面白いものは面白い。
星野:
面白いものはここにあってもそこにあってもいい、と?
北川:
出品の際には、作家はそこに合わせることをオーダーしていますが、最後に選ぶ段階では、あまり関係ないですね。
星野:
アートと地域の関連性よりも、まず独自の面白さなんですね。同じ作家さんが応募してくるというのはあるのですか。
北川:
ありますね。
星野:
前に選んでしまった人は選ばないのですか。
北川:
それもあまり関係なくて、面白いのは残します。ただタイプによって、いろいろやってると面白くなっていく人もいる。でもやり続けても全然面白くならない人もいっぱいいます。
星野:
採用したけど?
北川:
採用しません。だいたい、有名な建築家は面白くないですね。
星野:
なるほどね。すごく参考になります(笑)。何かを建てるときより、アートのほうが面白さだけで進められるというのはあるかもしれませんね。
北川:
そうですね。それが僕が美術を選んでいるということかもしれません。かなり建築家的な勉強をしてきた人間ですが、美術のほうが面白いですね。「極めて生理的」だから。そこに面白さがあります。
星野:
地域、アーティストが誰かも関係なく、自分が感じる面白さで選んでいて、成功につながっているのですね。やっぱり目利きがちゃんとプロデュースしないと、ということなんでしょう。
北川:
それはそうだと思いますね。
星野:
うちは建物は半分でしかないからな。そこで何をやるかだから。
北川:
僕は大町温泉郷の「星野リゾート 界アルプス」で「お湯のなかで読める本」というのを知って、買いましてね、『竹くらべ』とか。でも自分の家の風呂では読まないものですね。みんなに面白いぞ、少しは風呂のなかでも勉強しろ、と配ったんだけど、ダメだな。気分的に温泉で読むから面白い。
星野:
あははは。やはり場所は重要ですね。温泉の開放感は「生理的に重要」なんでしょう。

「絶望的な場所」でだけ
芸術祭をやりたい理由

星野:
北川さんに地方での芸術祭をやってほしいという話はたくさん来ているのでしょうね。
北川:
たくさん来ています。越後妻有、瀬戸内、北アルプス、奥能登で、いっぱいいっぱいで無理なので、お断りしているのです。
星野:
おうけになる基準はなんですか。義理ですか。
北川:
それもありますが、まず「絶望的な場所」ですね。奥能登珠洲市の人口は現在1万4000人ですから。瀬戸内の島も大変ですしね。
星野:
「絶望的な場所」、
それはわかりやすい基準ですね。
北川:
しかし、大町市は反対運動で大変でした。
星野:
大成功すれば誰も反対する人はいないんじゃないですか。
北川:
表向きは変わりました。長野は大変でしたよ。
星野:
すみません。生まれも育ちも長野県なものですから。反対する理由はあまりないような気がしますが。工場ができるとか、オフィスビルができるとかいうことに対しては反対する理由があるかもしれませんが、期間のあるイベントですから、反対する理由がよくわからないですね。
北川:
僕もちょっと驚きましたよ。特に今回の大町に関しては。
星野:
その反対の理由をちゃんと伺いたいですね。僕は反対運動に対しては興味がありまして。竹富島に「星のや竹富島」を作るというと半永久的だから、反対する人の気持ちも分かるのですが。
北川:
僕も多少わかりますけれど。表向きは手続き論で、公共事業として税金を使うということに対して反対なわけです。その効果のほどはない、と。少なくとも、効果のほどはわかってきているので、不思議なんですが。ある一部の議員を中心に、強力でした。
星野:
大町市でやりたいという強い意志をもったのは、北川さんのほうなのですか。

反対運動があった「北アルプス国際芸術祭」だが、大自然を舞台にし、5つのエリア展開をする芸術祭イベントになった。地元レストランや宿泊プランなど連動企画も充実した 反対運動があった「北アルプス国際芸術祭」だが、大自然を舞台にし、5つのエリア展開をする芸術祭イベントになった。地元レストランや宿泊プランなど連動企画も充実した

北川:
いや、5年位前から市民グループから希望が持ち上がった。そういう人たちが勉強会をやっていて、そこへ1年に1回くらい行って、お手伝いしていたのです。そこへ市長もいらしていて、やろう、と。市長にとっては人口2万8000人の市ですから、政治生命のかかった仕事にはなります。頑張ってやろうというふうになったのです。
反対者がいるというのは大変なことです。1日に数回、机をけとばしたくなることが起こる。でも重要なことは、今までに失敗した“いわゆる町おこし企画”というのは最初から賛成者だけでやってきたことだと、僕は思っているわけです。
美談だけでは物事は成立しない。だから行政とやるようにしているのです。行政とやる限り、公金を使うからあらゆる反対者がでてくる。手間暇はたいへんかかりますが、乗り越えて作り上げれば、地域の力は一歩進む。だから「反対があること」は、そこでやるための条件のひとつだと思ってやっています。
星野:
反対者がいると、地元のメディアもその対立を書いたりする。それを通して賛成でも反対でもない人が関われる。そういうことなんじゃないですか。
北川:
そう、土俵が広がるんです。生理的には気分が悪いけど、土俵が広がることはもっと大事なんです。人が関わったものをやっているわけで、たくさんの人が関わったほうがいい。面白いっちゃ面白い。
星野:
反対している人がいても、やってみたら面白いという自信もあるのでしょうね。
北川:
面白いですから。
芸術祭をやることは赤ん坊を育てるのと同じだと思いました。手間かかるしお金がかかるし、赤ん坊を産んだおかあさんは一人だともう育児放棄しちゃいそうになる。
すると、近所のおばさんやおじさんが「まあ、疲れているんだから、手伝ってあげるよ」と集まってきます。そういうことが、アートの周りでは起きていくんです。
「何が面白いのかわかんない」と言いながら、今は来場者を案内したりしてくれているんだもの。
星野:
人がたくさん来てくれるだけでも地方の人はうれしいのですよね。
北川:
今まで人なんてもう誰もこないだろうというところへ、来てくれるんだもの。
星野:
なぜ来てくれるのかわからない、というのも本音だと思いますよ。

美術に中心地はない。
その場所にはそれぞれの意味がある

星野:
具体的に北川さんの芸術祭ならではの作品を見せてもらっていいですか。
北川:
これは面白いですよ。「北アルプス国際芸術祭2017」の作品の一つです。
集落のあちこちに幾何学模様が描かれていて、ここへ来る間に断片が見えていて、ある一点に来ると全体像がぴしっと見える。感動的です。
僕はこのアートで、この集落まで人を連れて行きたかったんですよ。

スイス人アーティスト、フェリーチェ・ヴァリーニの「集落のための楕円」。三次元の複雑な空間を舞台に巨大な絵画を描く。一見バラバラなラインは、ある地点から見ると真円や幾何学図形になる。 わずか三世帯しか住んでいない小さな集落で色鮮やかな図形を出現させる。Photo:Tsuyoshi Hongo スイス人アーティスト、フェリーチェ・ヴァリーニの「集落のための楕円」。三次元の複雑な空間を舞台に巨大な絵画を描く。一見バラバラなラインは、ある地点から見ると真円や幾何学図形になる。 わずか三世帯しか住んでいない小さな集落で色鮮やかな図形を出現させる。
Photo:Tsuyoshi Hongo

星野:
すごいですね。でも、手間暇はもちろん、お金もかかりますよね。
北川:
ヴァリーニの作品は、夜中に強力な光源を使って場所を決めて、昼間に黄色に塗られたシートを貼っていく作業をするのです。会期後はきれいに剥がせるようになっています。最初は民家だし、反対されました。でも長野県の里山の奥の奥で、こんなに美しく生活している人たちがいることを、僕は全国の人に知ってもらいたかったんです。だから説得しました。
完成して、僕がたまたま行ったときに、反対したおじさんたちが来場者にうれしそうに説明してるんです。僕の顔を見て「あっ」という顔をしていましたが(笑)。
反対はしていたけれど、賢い人たちで、いざやると決まったら、軒先にかかっていた雑巾などを見えないところへ片付けてくれました。
星野:
何かないと里山の奥までは行きませんよね。そして、タクシーで来たって意味がない。都会人はこういうところをゆっくり歩く機会も持てないから。そうさせるための装置が必要なんですね。来場者たちは、来て見て「そこに住む人に会えた」と思える。
北川:
五感を使うということです。それが一番こういうところでやることの重要さ、芸術祭の意味ですね。
星野:
外国からの来場者やサポーターも、体感できるというのがよくわかりますね。彼らは日本のアートに触れたいという気持ちもあるのでしょうか?
北川:
うーん、違いますね。発想が違って。僕は一応美術の人間だから、日本美術のこの焼き物がいいかとか、俵屋宗達がいいとか思うでしょう。そのことと、西洋美術のルノワールがいいという考えが一緒にはなっていないことが不思議だった。欧米にいないと美術の先端に行けないのか、という話です。それは非常に不思議だな、と思っていました。
日本の美術教育もそうです。ミロのビーナス像をデッサンして絵を描かせる。そこで描き方を学んでいく。でも本当に石膏を見て絵が描けるのでしょうか?
すべての場所は貴重である。すべての場所に意味がある。欧米でなければ意味がない、東京でなければ意味がないというのはおかしい。それぞれの場所に生きて来た人の意味がある。そういうことをちゃんと表現する美術というものがあるはずだと。でなければ我々は永遠に里山で何かできないという話になっちゃう。それは嫌だなとずっと思っていました。
それで僕は芸術祭を始めました。今度はそれが中国でもアジアのどこかでも、やれるとみんなが思い始めている。それはいいことだなと思います。
星野:
美術に中心地はないと。
北川:
必然だけど、違う必然もあるだろうという、それが出発点でした。
星野:
北川さんがキュレーションする視点は独自で一貫していますね。
北川:
生花も焼き物も現代美術も、この野の花をLEDで光らせる作品も、同じだと思う。

信濃大町在住の青島左門氏の作品「花咲く星に」。「まちには人工的でない本来の夜の暗さがあり、晴れた日には星がとてもきれいに見える」と語る。この作品は、中山高原の夜空に配置した生花をLEDで照らし、周囲の地形と気候にともなって光の色を有機的に変容させるもの。Photo:Tsuyoshi Hongo 信濃大町在住の青島左門氏の作品「花咲く星に」。
「まちには人工的でない本来の夜の暗さがあり、晴れた日には星がとてもきれいに見える」と語る。この作品は、中山高原の夜空に配置した生花をLEDで照らし、周囲の地形と気候にともなって光の色を有機的に変容させるもの。
Photo:Tsuyoshi Hongo

北川:
欧米のスーパースターもそれをわかってくれる。美術館の中だけがアートじゃない。 でも参加アーティストがやったことが伝わるように見せなくてはと思います。
星野:
美術館のなかではできないアートですね。自然のなかでないと。私は軽井沢にいますので、近々、この集落アートと野花のアートを見に、大町に行ってみたいと思います。
ありがとうございました。

構成: 森 綾
撮影: 萩庭 桂太