準備に3年。2週に一度は現地入り。
芸術祭はその集大成の「祭り」
- 星野:
- 昨夏の「瀬戸内国際芸術祭2016」http://setouchi-artfest.jp/
は、総動員数104万人を超えたそうですね。
- 北川:
- はい、ありがとうございます。日本人だけでなく外国からの来場者もかなり増えました。
- 星野:
- 今年は初夏に長野県大町市で「北アルプス国際芸術祭 2017」http://shinano-omachi.jp/を。そして、9月からは石川県珠洲市で「奥能登国際芸術祭 2017」http://oku-noto.jp/が開催されますね。
- 北川:
- 現在、大地の芸術祭、瀬戸内国際芸術祭を3年に一回のサイクルで開催しています。でも、準備は全て同時進行ですから、もう精一杯ですね。
- 星野:
- 準備は定期的にやっておられるのですか?
- 北川:
- このようなスタイルの芸術祭は、越後妻有地域(新潟県十日町市津南町)の「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」http://www.echigo-tsumari.jp/が最初でした。
芸術祭は3年に1回の開催だとしても、現地での日常的な活動は休みなしです。数十人が常に動いています。そうでなければできない。越後妻有も30~40人が動いていましたね。僕も2週に1回以上は現地に行っています。芸術祭は、その成果を見せるお祭りのような位置付けです。
対談は2017年9月3日から始まる「奥能登国際芸術祭」の東京でのプレイベント当日に。イベントには多くのメディア、人が集まった
- 星野:
- 大きな現地組織が必要なんですね。大きな企業がスポンサードするということもあるのでしょう。
- 北川:
- そういう例もありますが、越後妻有の場合はゼロからのスタートです。
- 星野:
- それで常に動く部隊を抱えていくというのは、大変なことですね。
- 北川:
- はい。ひとつの芸術祭単体の予算は約6億円です。公的資金が約1億。あと5億は、入場料収入、寄付、協賛、助成。主に僕が先頭に立ってその5億を集めなきゃいけない。人口5万以下の都市だとそうなりますね。でもそういうスタイルで始めてしまったので、今はその枠をなかなか変えられません。
- 星野:
- 街や地域にとってはやるだけの効果はあるわけですよね。
- 北川:
- それはすごいですよ。
- 星野:
- そのリターンが目に見える形になってきているのですね。
- 北川:
- なってきていますね。省庁も越後妻有のプロジェクトに好意を持っています。うまくいく結果が見えてきているから。省庁内に応援団が増えてきています。
- 星野:
- 来場者の世代的な分布はどうなっていますか。
北川さんが係わる芸術祭が地域にもたらすものは、祭りの後も「自力で地域づくり」ができるようになる力。そのために現地での準備やサポートを怠らない
- 北川:
- どの地域でもデータは今同じになってきていますが、20~30代女性が3分の2強。そして外国からの来場者数が増えています。全体のリピーター率は約4割。これはすごく多いですね。外国人はアンケートを書いてくれないのでなかなか実態が把握できません。把握できるのは、観光協会に入っている宿泊施設に泊まっている人たちだけですので、シェアハウスや民泊利用の人たちは分かりません。瀬戸内国際芸術祭の直島だけはよくわかっていて、島単体で外国人が会期中に15~20万人は来ているそうです。
- 星野:
- 見た感じだとどうですか?
- 北川:
- 瀬戸内は明らかに半分以上が外国からの人ですね。
- 星野:
- 20~30 代女性というのは、旅館と同じ市場ですね。国内旅行もそうです。沖縄県の竹富島に「星のや竹富島」がありますが、そこに一人旅にくる女性もその年代ですね。
便利な都市で五感を塞がれ
我々はロボット化している
- 星野:
- これだけの大勢の人が来る。北川さんのやっておられる芸術祭は、美術館とはまず何が違うのですか?
- 北川:
- そこをうまく話せないので、みんなに文句を言われているところなのです(笑)。
まず単純に芸術というのは人間の「やむにやまれない」感情を何かを作ったり表現することで吐き出すことですよね。その「やむにやまれない」というのはいろんな意味があります。不安や絶望、あるいは歓喜。古代のアルタミラやラスコー洞窟画の頃は、人が命がけで動物を獲る、そのときに湧き上がる感情でしょうね。今は「やむにやまれない」という感情が表に出にくいんです。
つまり現代は、全体に人間の五感が摩滅している、ロボット化しているのです。いろいろ便利になっているし、情報はたくさんあるし、我々はそこから選択できていると思っている。
ところが実際は、その情報のなかで、我々がロボット化しているということをたくさんの人が無意識に感じているのでしょう。
越後妻有や瀬戸内の芸術祭では現代美術を見せていますが、来場者は同時にそれぞれ里山や海を見にくることになるのです。それが魅力なんだと思います。
どういうことかというと、根本的に、みんな「都市が嫌いだ」ということですよ、無意識に。
芸術祭には経営者や有名人がたくさんボランティアとしてやってきます。みんな「こういうことを手伝っていると楽しい」と言います。「身体を使う」「協働する」を欲してる感がある
各芸術祭では、ボランティアサポーターが結成され、通年で活動。作品のメンテナンスや地元行事の手伝い、広報活動などさまざまな活動をする。瀬戸内国際芸術祭ボランティアサポーター「こえび隊」オフィシャルサイトより
http://www.koebi.jp/
- 星野:
- それは面白い発想ですね。現代人は無意識に「都市が嫌い」だと。
- 北川:
- はい。都市を謳歌してはいるのですよ。いろんな食べ物があるとかファッションがあるとか。だけど基本的に自分とは何か、本当の意味で五感全開で生きていないと感じているんでしょう。
それは無意識だとは思いますが。その人たちがとにかく自分が関われる地域をまた求めているんですね。だからアンケートを見ると、今までの旅行とちょっと違うのは「なんか関わりたい」「地元の人と触れ合いたい」という潜在欲求がうかがいしれます。
- 星野:
- それはどの地域でも同じですか。
- 北川:
- はい、越後妻有も瀬戸内もおおまかに同じです。来ようと思った理由は里山、海にあるアートを「見るため」。帰るときのアンケートは、その二つを残しつつ、上位に出てくるのが「地元の人と話せた」。あとは「地元の料理を食べられた」「お祭りに参加できた」。
それを哲学者、東浩紀氏の話題の近著『ゲンロン0 観光客の哲学』的に言うと「今のネット社会は階層を出られていなくて、ますます固定されている。けれども、旅をしたときに初めて階層を越えられる。その喜びがあるのではないか」と言うのです。もともと現代美術のファンというのは1万人ぐらいしかいないはずなのです。現代美術をきっかけに階層社会である都市を離れ、旅人になりたいんじゃないでしょうか。
- 星野:
- つまり現代美術のファンだけではない人がたくさん来ているということですね。
- 北川:
- そうです。それは日常的な感覚の延長線上で訪れていますね。なんとなく面白いとかオシャレだと思って来てるようですが、彼らの意識の底流が求めるものは違う気がします。
構成: 森 綾
撮影: 萩庭 桂太