Vol.1AI vs. ヒトではない。
AIは僕たちを楽にしてくれるもの

星野:
安宅さんの著書を読ませてもらいましたが、私にはちょっと難しくて完全に理解したとは言いがたいですね。ただ全体的な印象としては、AIってなかなかすごそうだけれど、ビクビクすることもないのではないかと思いました。
それを前提に、ではAIの役割はなんなんだろう、ということをお聞きしたいです。
安宅:
まあ、使い倒せばいいんですよ(笑)。
星野:
使い倒せるものなのですか?
安宅:
今のところ、ただの道具なので。そして当面、道具だと思います。
星野:
当面というのは、どれぐらいの期間でしょう。
安宅:
まあ10年ぐらいでしょうか。
星野:
それぐらいですか?
安宅:
20年後はよくわからないです。AIがというよりも、世界全体がどのような時代になっているのかが、予測不可能です。だからよくわからないとしか言いようがありません。
星野:
それぐらい、世の中のすべてが変化する可能性があるということですね。
安宅:
はい。事実、10年ぐらい前まではスマホはなかったわけです。今、世の中のコンピューターの8割がスマホです。10年後はまた全く違うツールがメインになる世界が来ているかもしれません。
星野:
10年後はまだ仕事しているかもしれないからな……。対応できるようにしておかないと。私にとっては難しいけれど、それを勉強しなきゃいけないという強迫観念はありますね。

安宅さんの趣味は、写真。特に会った人のポートレート撮影はライフワークだとか。対談当日も序盤から星野を激写!!安宅さんの趣味は、写真。特に会った人のポートレート撮影はライフワークだとか。対談当日も序盤から星野を激写!!

安宅:
AIなどと言うと分かりにくいですが、ようは「情報をさばくキカイ」です。今コンピューターとアルゴリズムとデータを組み合わせると多くの情報処理的な作業が自動的にできるんですね。その中でもAI、機械が得意とする分野があります。

一つ目は画像や映像の識別。たとえば読唇、リップリーディングのようなことは、AIは人間より遥かに優秀です。プロのリップリーダーでも50%くらいしか読み取れないところを、96%ぐらいまで判読します。圧倒的な精度です。中国のある会社は、中国の警察や公安の顔写真データを全部持っていて、その会社のAIは画像のみで双子までも見分けるのです。
星野:
ほう。識別能力が圧倒的に高いのですね。
安宅:
はい。たとえば皮膚ガンの検診の精度も、2017年2月に最高レベルの医師を越えてしまっています。
参考)
http://techon.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/012505960/?ST=health
http://www.nature.com/articles/nature21056.epdf

十分な帯域と計算力があれば、地球の地表の画像をリアルタイムで読み込ませて、今どこで何が起きているのかを一気にスキャンすることなどもできます。

二つ目は、近未来の予測能力です。5,000万人とかのデータを並行して読み込み、それぞれの人がどこに向かおうとしているか、何をしようとしているかをデータとAIの力で予測することも可能になってきています。360度ミリ波レーダーを用いてこの車とこの車はぶつかるというような予測をして、事故を回避することも可能で、既に実装されたクルマもあります。このように適切なデータの取り込みがあればAIは驚異的なリアルタイム予測能力を発揮します。

三つ目は作業能力です。人間が行う手作業というものを機械に教えるのはこれまで非常に難しかったのです。例えば何かを持ち上げるにしても、高さ、重心、どこを持ち上げればいいか、どのくらいの強さで持ったらいいか。そういうことはパターンが多すぎて教えることができなかったのですが、今はうまく行ったら褒めるというようなやり方で、キカイ側の試行錯誤から学ばせることが可能になりました。結果、形式化できない知恵、すなわち暗黙知を機械に取り入れさせることが可能になり、かなりの作業の自動化に成功しています。
星野:
識別、予測、実行が自動化されているということですね。それだけできれば人間以上に働くことができるのではないですか?
安宅:
そうですね。それらが応用できるところについては確かにそうです。ただし、そこには人間が普通に考えている「知性」の多くがないのです。それでも、識別、予測、実行の自動化によって、判断を伴うような運転、倉庫でピッキングする作業のようなものまで、すでにAIができるようになっています。
星野:
今まで人間がしていた作業を徐々にAIが担えるようになっているのですね。
安宅:
はい。今まで人間の作業として残っていた識別、予測、ハンドリング = 手作業を担えるようになってきました。

AIに意思はありません。
意味を与えるのは生命体である人です。

星野:
ネットのニュースで見ましたが、AIが小説を書いたり、曲を作ったりもできるようになったようですね。
安宅:
はい。生成系AIといわれているものです。これは私の論文には間に合わなくて書かなかったのですが。

ニュースでご覧になったかもしれませんが、ビートルズの曲を何百曲と読み込ませると、ビートルズっぽい曲が作れてしまうんですよね。また、筑波大学にいる落合陽一さんの試みですが、彼の大好きなデザイナーの山本耀司さんの服の画像を山のように入れて読み込ませると、山本耀司さん本人をして「これ自分のデザインじゃないの?笑」と言わしめるほどの山本テイストを教え込むことが可能になっているんです。

そこまでAIができてしまうということは、クリエーターの仕事が根本的に変わる可能性があります。若いうちにデザインや歌をある程度作って、自分のデータをすべてインプットして、最後に自身で少し一捻りすれば、できちゃうわけです。これは俺のデザインだ、俺の曲だということになる可能性があります。クリエーターの仕事の仕方やライフプランが根底から変わる可能性があると言うか。

この3(識別、予測、実行)+1(生成)で、今までキカイに教えてもできなかったことができるようになった。と、いうわけで「AIやべえ。こえぇ!」となったわけです(笑)。

今AI関連で起きて、騒がれているものは、基本すべてこの4つの能力の組み合わせです。

確かにこれらはかなりのパワーです。ただ、怖がらずにこのような事が可能になったということを前提に、我らが作りたい未来、そのための機能を実現していけばいいんです。キカイの自由度が「激!上がってる!」ということなのです。

AI初心者の星野は、AIの可能性がどうしても脅威に感じていたようだ。スペシャリスト安宅さんに初心者なりのギモンをぶつける。AI初心者の星野は、AIの可能性がどうしても脅威に感じていたようだ。スペシャリスト安宅さんに初心者なりのギモンをぶつける。

星野:
その3+1=4が、5になり10になりということはあるのですか? AIは、まだまだそれ以上のことをできるようになるのですか。
安宅:
もちろんありえます。が、それ以上のことは、まあ、当面はないかも。

AIの限界は結局、「我々のようには意味の理解をしない」ということです。情報の識別であるとか予測とか翻訳とかは見事にできても、やっていることが何なのかは、何も理解しない。ベーシックなことをいえば色すらわかってないですから、彼らは。「彼ら」というのも変だな、キカイなので。

誤解されがちですが、色とか肌触りというのは物理量ではありません。人間ひとりひとりが感じるしかないわけです。AIと僕らが呼んでいるキカイは、外部からの入力について、我々のような意味理解が全くないまま作業を行います。

それらの外からの入力やキカイの出力を気持ちいいとか美しいとか不快とか感じるのは、生命体である我々の仕事です。

もう1つの限界としてAIには意思がありません。たとえばある山を見て、元気が湧いてきて、この山を登ろうとか、険しすぎるから帰ろうとか思うことはありません。もちろん判断基準を与えれば判断しますが、それはAIの意思ではありません。一方、生命体というのは、大腸菌ですら生き残るための意思を持っています。おいしいエサをつかまえようとか、ここはヤバいと思ったら逃げていく。生命体というのは、本質的に生存本能からの意思がありますが、現在のAIの処理力増大の延長に意思が生まれるということはないのです。

ただし、人工生命というものが研究されているので、その様なロジックを注入すれば、AIに意思は発生するかもしれませんが。いま我々が議論しているAIだけでは、ただのキカイなのです。
星野:
ちょっと安心しました(笑)。例えば経営者の仕事は意思が大事ですから。私は酔っ払いは嫌いだから、宴会はやらないとか……それは経営者の意思だから。どんなに儲かっても宴会はやらない、という(笑)。
安宅:
それは意思です。安心してください(笑)。さらに言うと、定型化されていない分析や結果の見立てなどが自動化されるというのは少し疑問があります。残念ながら無心にやれば出来る仕事ではなく、多くの人が嫌な仕事に限って残る可能性がけっこう高いのです。

私は長らく分析を実践するだけでなく、教えていますが、分析というのは8割がた「問題設定」とそれに沿った軸の見立て、必要データの見立てや入手・整形です。そこで分析の価値が決まってしまうので、そこに意思、意味理解をなくしてはできないものです。そこから後の雑作業は自動化できると思いますが、どういう事を言うためにどういう軸で判断しようかというのは、人間が設定する必要がありますね。
星野:
確かに。私の場合、分析はおおいに恣意的であったりしますね(笑)。結論は最初に出ていたりとかね。
安宅:
それは周りを説得するための分析ですね。
星野:
そうです。
安宅:
そういうのは私も得意です(笑)。ただあまり恣意的にならないように、フラットに判断できる範囲でやるところにさじ加減がありますね。
星野:
自分自身を説得するための分析だったりします。
安宅:
それは本物じゃないですか。だって自分がリスク下げなきゃいけないと思っているわけですよね。55%、あるいは65%ぐらいの確度がないと判断できないということは、本当の分析だと思います。

AIは脅威ではなく、
人類の新しい武器。

星野:
AIの話は、客観的に見て考えるって大事だね。何でも信じ込んでこれからはAIの時代だというよりも。
安宅:
新しい武器を人類が手に入れたと思ったほうがいいと思います。
星野:
それは間違いないですね。
安宅:
間違いないです。Transformativeという言葉がありますが、何もかもが変わると思います。情報識別というのは我々の作業のかなりを占めているので。みんな機械に任せると本当に楽になりますよ。深夜バスの無残な事故とかあったじゃないですか。ああゆうことも消えます。そもそもキカイは居眠りしませんし、360度レーダーを回して、AI的予測に基づき、とっさの対応も委ねることで。誰かが監視しなくても、その時間は人間にとって自由な時間になります。
星野:
それを何に使うか、ですね。
安宅:
Fun Timeですよ!!(笑)

人間が不得意であるものは、AIに任せて。人間が得意なことにもっとパワーを注ぎ込めるようになります。人間が不得意であるものは、AIに任せて。人間が得意なことにもっとパワーを注ぎ込めるようになります。

星野:
価値を生んでいく時間に使わなきゃいけないな。
安宅:
ですね。自ら感じ考えるということが大事だと思います。結局、僕らの仕事は、最後は「意味を理解する」とか「物事を決める」とか「人に伝える」、この3つに集中していくと思います。キカイが色々やってくれて、余裕が出た時間で色んな今までできなかったことを体験していく事が大事なんだと思います。
星野:
なるほどね。もっとIntellectual(知的)に全員がならないといけないということかな。
安宅:
はい。それも生身(なまみ)のIntellectualです。鉋(カンナ)がけについて1,000回本読む暇があったら実際にかけろ! スタンダールの恋愛論を100回読む暇があったら、3回異性に振られろ! そういうことです。二日酔いについて学ぶのもいいが、酒で一度はやられてみろという(笑)。
星野:
なるほど。AIと人間の学習能力の違いはどういうものなのでしょう。
安宅:
能力というより、学習の質、内容が根本的に違います。AIと言われているものの中で重要になっているひとつの要素技術は、機械学習と言われてるものですが、これが曲者で(笑)。Machine Learningの直訳なんですがキカイに学習させるための技術の総称です。いっぱいありますがそのうちのひとつで、この何年かで劇的に発展した画期的な新技術群が、Deep Learning、深層学習と呼ばれているものです。

これら「機械学習」は日常私たちが使っている学習や学びというものとはまったく違う概念です。まったく関係がないとは言えないけれど、質的に違うものです。機械学習というのはアウトプットをAとかBとかCとか決めて、そのインプットをABCに区分けするため、その間のパラメータを設定する行為なのです。たとえば、ある画像を「犬ですか。猫ですか。それ以外ですか」と認識させるためには、そのパラメータを設定していくデータをいっぱい入れるといつかそれができるようになる。
星野:
そうすると、いつか、これは犬だ、猫だ、それ以外だ、と識別できるようになる。
安宅:
はい。だいたい当たるようになります。最終的には概ね当たるようになる。これが機械学習です。

でも、私たちの学習というのは「この草を踏んだら、かぶれた」みたいな。「ある草→かぶれる」という二つの意味が直接つながるようになって行われていきます。アウトプットを一切目的とせずに。こうして、生物学的な学習の場合、経験にともない意味付与が行われます。アウトプットを目的としない経験が意味を生み出し、これを繰り返すことで高度な意味理解を実現しています。

一方、現在、革新のさなかにある機械学習は、アウトプットのためにモデルの中の変数、パラメーターを決めていくプロセスです。機械学習をやっている人たちは「学習とは分けること」と言いますが、それはこのことが彼らの頭のなかにあるからです。アウトプットドリブンなのです。我々生命にとっての学習とは、異なる情報の間に関係性を見出すことなので、インプットドリブンであり、ある種、真逆です。
星野:
最近、多くの人がAIのすごさ、怖さというものを感じたのは、将棋やチェスで、AIが羽生善治さんを破ってしまったとか、チェス世界一の人を破ったというニュースだったかもしれません。あれも、Machine Learningの世界なんですね?
安宅:
はい。ああいう論理的に詰めていく世界は、もともと人間に向いていないのです。人間というのはもっとファジーに、ざっくりと判断しながら生きている。この中にあって、プロの棋士の方々は、神がかり的な能力を持っている。大局的に論理的な世界を読んでいくのですから。人間としては、普通の能力じゃない。まさに神業。だから、私は尊敬しているのですが。けれどもAIは論理的に詰めていく、計算していくことが得意なんです。
星野:
機械のように膨大なデータを学習、予測できる神がかった人がいるとことですね。
安宅:
そうです。本来人間ができることじゃないことができる人たちです。
星野:
そうか、羽生さんたちがすごすぎるってことですね。
安宅:
驚異的なことです。例えば、人間は速く移動するということにおいては、機械(車や電車)に叶わないわけですからね。
星野:
将棋やチェスの一件は、AIの世の中への認知率を上げましたね。でも、安宅さんの様に説明してくれる人がいなかった。将棋は元々機械(AI)に向いてるんだという発想は。
安宅:
論理を突き詰めていくのは機械のほうが早いです。
星野:
予測のスピードが早いということですね。
安宅:
予測と盤面判断の両方ですね。盤面を識別した上で、駒の動きを予測するわけです。
星野:
将棋はパターンを予測する数でなんとなく説明できるんですけど。囲碁はもっと全体を見ているという話を聞いたことがあるんですが。
安宅:
そうですね。局面判断という不思議なことやっているのは事実です。膨大な訓練から来る「確率の集積」です。
星野:
あれを見てびっくりしちゃって。
安宅:
本当ですよね。大局観的能力を得てるわけですね。非常に高次な識別を行っている。衝撃ではあるんですけど、人間はもともと恣意的で、見たいものしか見てない事が多いわけですから。

たとえば一般的に、男性と女性がカップルで買い物に行っているとしましょう。女性が「さっき、竹野内豊みたいにかっこいい人が通り過ぎたわね」と言う。でも、同じ距離で通り過ぎたのに、男性には見えていない。それぐらい、われわれは恣意的なものの見方をしている。
星野:
確かにそうだな。
安宅:
逆に男性には他の美女の姿が鮮明に入ってくるけど、女性には見えていないということもある。
星野:
なるほど。大局観的能力というのは、それらを景色として全部認知できるということなのですね(笑)。人間にはなかなかできない事ですね。

構成: 森 綾
撮影: 萩庭 桂太