Vol.2冒険心を満たし、
能力を伸ばす

星野:
メンタルヘルスツーリズムについてはこれまでのお話でだいぶ分かりました。要するに、旅は疲労を回復すると。
 旅には冒険心を満たすという目的もあると思うのですが、それはまた違う旅になるのですね。
小口:
おっしゃるとおりです。メンタルヘルスツーリズムは疲労回復のほうで、冒険心を満たす旅はポジティブツーリズムということになります。
星野:
ではポジティブツーリズムの概念を、わかりやすく説明してもらえますか。
小口:
ポジティブツーリズムとは、個人の幸福感、能力、創造性などを向上させる旅行です。たとえば生産性が上がるとか、新たな考えが浮かぶとか、さらにはストレスに強くなるというと、わかりやすいでしょうか。言わば、“伸ばす旅”です。
 個人の能力を伸ばすという意味で、旅が大きな効果を果たすことが実証されています。ですから、旅行は、遊興ではなく、目的をもったものともなるのです。

ポジティブツーリズムの概念モデル

星野:
能力を伸ばす!
小口:
はい。ポテンシャル、能力を伸ばすという意味でも旅が役立つのです。
 クリエイティビティ、ストレス耐性も上がります。ポジティブツーリズムを体験することで、困難な状況になったとき、自信になっていくのです。自己効力感というのですが。
星野:
たとえばどんな旅の中身があればいいのでしょう。
小口:
その一つとして、自分の能力を発揮できるような海外ボランティアに行って、貢献する。そうすると能力が上がって、意欲も向上する。実際、そういうことを始めている企業もあるのです。

仕事と関係ないことでも
「できた!」という感覚が能力向上に

星野:
そのポジティブツーリズムに、われわれがどう積極的に関わっていけるかだな。星野リゾートはいろいろできるんじゃないかという気がするけど。
小口:
宿を提供するだけではなく、地域の特性も加味した企業プログラムの開発もできますね。
 日本人の場合、余暇で自分の能力を上げるような活動をするとストレスに強くなることが、私の研究室が行ったいくつかの研究で共通して示されています。何かについて自分が向上しているという気持ちを持つと、精神的にリフレッシュされて、回復し、創造性も上がるのです。
星野:
何か仕事に関係ないことでもいいのですか。
小口:
もちろん。たとえば「乗馬をする」というアクティビティがありますね。上達するとリフレッシュして、創造性が上がって、職業満足度が上がり、さらには人生満足度まで上がるのです。
星野:
なるほど、自分の仕事に関係がないことでも、他のことで向上することによって仕事も向上すると。そういう意味でいえば、星野リゾートにはスキースクールがあります。

「星野リゾート トマムスキー場」には初心者から上級者まで多彩なレッスンでスキルアップをサポートする「スノーアカデミー(レッスン)」を用意「星野リゾート トマムスキー場」には初心者から上級者まで多彩なレッスンでスキルアップをサポートする「スノーアカデミー(レッスン)」を用意

小口:
できないこともできるようになる。自分はできるんだぞ、という感覚をもつことが大事なんです。
 企業研修ってあるじゃないですか。1日缶詰になってセミナーを行うよりも、旅のプログラムを展開した方が、はるかに効果があるのではないかと思います。しかも費用は同じですから。
星野:
確かにね。よくオフサイトミーティングというのがあって、大企業がマネジメントスタッフを集め、わざわざ本社から離れたところへ行って、3日も4日も滞在して会議をするのです。でも午後はフリータイムがあったり、夜は会食やパーティーがあったり。海外では、本社と近隣のレストランやバーを借りてやるよりはるかに効果があると言われています。
小口:
それは視野が広くなるからだと思うんです。日常とは異なるところへ行って話すと、感じ方、考え方も変っていろんな発想ができるからでしょう。社員旅行が、最近、また少しずつ復活しています。昔とは形態が大きく変わってきて、企業にプラスに働くことが実感されているからだと思います。
星野:
チームビルディングとかそういう考え方ですか。
小口:
それもあります。北海道のある会社で、違う部署の人たちで6人以上のグループをつくって、特別有給で休暇と旅費をもらって旅行をするという制度があるのです。
星野:
おもしろいですね。
小口:
調査をしたのですが、特別な旅行休暇があり、社員を旅行に行かせている企業はそうでない企業より業績がいいし、定着率も高いのです。企業は利益の一部を社員のために還元することで、社員はストレスが減り、能力も向上するのです。それによって、企業はさらなる発展を遂げられるはずです。
 さらに、旅行経験が多いほど、企業における人事評価も高いという研究結果も得られています。

星野:
過去の形態が問題なのではなく、今のニーズにあわせた感覚が必要だということですね、社員旅行も。もともと歴史的に制度化されていたこともあるし、その形態の内容を変えていけばいいわけだから。

旅行嫌いは原体験から?
家族旅行と修学旅行を改革せよ

星野:
未だに日本では「旅行に行ってる場合じゃないよ」と言われ、旅行に行く心理的なハードルがある。ストレスの高い人はメンタルヘルスツーリズムに、能力を向上させたい人にはポジティブツーリズムにと、ちゃんと旅行に行ってもらうことを企業に定着させたいですが。
小口:
それにはいくつか方法があります。一つが従業員のストレスチェックです。
 近年、常時50名以上いる事業場では、メンタルヘルスをチェックすることが義務付けられました。ところがストレスを解消する具体的な方法は明らかにされていません。メンタルヘルスツーリズムで回復、もしくはポジティブツーリズムで予防を、との道筋を示していけると、一つの解消法を定着させることができるでしょう。
 ところが、企業の上層部の方々は、ハードな競争を勝ち抜いてきたので、非常にタフでバイタリティーにあふれている。だからストレスのたまった社員を旅に行かせようとすると「遊んでくるの?」という発想になってしまいがちです。
星野:
たしかに。
小口:
二つ目としては、旅行に行くことが嫌いな人が一定の割合でいることです。この人たちが旅行に前向きになるよう、働きかけなければいけないのです。
星野:
全く旅行していない人っているからね。旅行のことが嫌いな人ってなんだろう。過去に非常に嫌な経験をしたのかもしれないね。
小口:
私が思うに、修学旅行が良くないことが多いのではないでしょうか。
星野:
旅行の原体験みたいな話でしょうか。
小口:
私は星野さんと同じ長野県生まれで学年が一つ下の同世代なのですが、修学旅行は中学が京都、奈良をくるくる回っておしまい、高校も同じだったんですよ。高校のときは自由行動もありましたが、特に面白いとは感じませんでした。
星野:
この業界に入って、修学旅行の話をあちこちで聞いていると、とにかく先生方の保守性が強くて。
 いろんなことを提案しているのだけれど、予測がつかないことをさせたくないらしく、新しいところにも行きたがらない。ずーっと同じところへ行って、無事に終わらせたい感覚ですね。
小口:
せっかくのチャンスを逃していますよね。もったいない。
星野:
メンタルツーリズムの話をしていたら、修学旅行の批判になっちゃった(笑)。

小口:
旅行は能力を伸ばすものだと思っているので。
 ただ、修学旅行も観るから、体験するへ、少しずつ変わってきてはいます。中には、極めて意欲的なプログラムを行っている学校もあるのです。
 たとえば、シンガポールに3泊4日で行かせて、現地の高校生の前でプレゼンさせるのです。そのためにはプレゼンの中身はもちろん、英語でのプレゼンの仕方も身につけないといけない。そして向こうの人たちと一緒に交流する。こうしたプログラムは、生徒の能力、意欲を非常に伸ばすと思います。
星野:
すごく思い出にもなるし、成功体験にもなるでしょうね。
若者の旅行への参加率をあげるために、家族旅行や修学旅行改革も必要ですね。ひょっとすると、旅嫌いな人の中には家族旅行の最悪な思い出がある人もいるかもしれない(笑)。
小口:
実は能力の向上というところで、家族旅行も大事なんです。小学生の子どもたちが家族旅行で海外に行くことでどれくらい能力が伸びるかを調べると、実際に、子どもたちの能力は伸びていました。それによって、親はリラックスできたという連鎖が生まれていたのです。

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星野:
学校教育の違いがあって、韓国のように家族旅行を教育の一環としてみている国もありますね。つまり、家族旅行を理由に学校を休むことに寛容なんです。韓国ではそれを推奨していて、その代わり、帰ってきたら旅行の内容を作文で提出させているようです。
小口:
出国率が日本よりも韓国の方が遥かに高いのは、そうした制度が理由の一つかもしれませんね。
星野:
北欧もそうかな。家族旅行で国内の観光地に行かせているのですね。実際にそこへ行ってみるってすごく重要じゃないですか。
日本でも、家族旅行がもっと重要視されるようになるといいですね。