風に吹かれる。
旅が教えてくれるのは、
人が生きるということの根源的な姿。
- 星野:
- 話は変わりますが、いま、日本の若者が旅をしなくなっているんです。10年前は、62%の若者が年に一回旅行をしていたのですが、今は50%ほどになってしまっている。僕は、若い人たちに日本国内を旅行してもらえないか、いつも考えていて。大きなテーマなんです。原因の一つとしては、日本国内の交通費が高くなってるのも理由としてはあげられると思います。今はもう、遠距離の移動はほぼ新幹線しかないですし。昔は時間さえかければ、安く遠出ができましたが。
- 加藤:
- 「知床旅情」がヒットしたのも、カニ族といわれる、若者のバックパッカー達がたくさん出てきたことが大きいですからね。今は、そんな現象は起こりにくいのかもしれない。今は、バーチャル空間で遠くまで行けたりするからね。
- 星野:
- そうそう。さきほど、加藤さんは友達に会いに旅をするとおっしゃいましたけど、今はFacebookなどSNSでいくらでもやりとりができますからね。わざわざ会わなくてもいいと思う若者が増えているのかもしれない。
- 加藤:
- でも、面白いのはね、いま、自転車で世界を回ってる人のネットワークというものができているらしいの。それこそ、FacebookなどのSNSによってね。
- 星野:
- なるほど。
- 加藤:
- 旅する若者にとって、不思議な、面白い世界が広がっていると思うんですけどね。今は。私の身の回りにいる若者、面白い人生を送ってる人、あるいは、自分の生き方を自分で選び取っている人は、大体無銭旅行を経験してますよ。自転車で日本や世界を回ったり。
- 星野:
- なぜそういう若者はみんな旅をしているんでしょう。旅は彼らに何を与えているんだと思いますか?

- 加藤:
- 旅がきっかけになって、人が生きるということがどういうことか、その根源的な姿を考えるようになるんじゃないでしょうか。たとえば、インドと日本では全然生活環境が違うじゃない。
- 星野:
- 自分とは違った価値観や生き方に触れることがやはり重要なんでしょうか。
- 加藤:
- でしょうね。特に先進国って上げ底の世界でしょう。一定の生活水準は保たれていますよね。蛇口をひねれば水は出るし。
- 星野:
- それが当たり前になっていますからね。
- 加藤:
- でも、その環境は都市住民にしか与えられていないものだし、だからこそ、都市住民の限界がそこにあると思います。可能性じゃなくて。恵まれていることが当たり前になっている状況は怖いよね。その点、恵まれない環境で生活している人のほうが強いと思う。水道が止まっても、汲みにいけばいいだけだから。
- 星野:
- たくましさが違いますよね。
- 加藤:
- やっぱり動物園で飼いならされてばっかりいると、エサをくれる人がいなくなったときにすぐ死んじゃうし。そうならないためには、人間がどういう風に食料や水を獲得しているのか、そのプロセスを少しでも肌で感じないといけないんじゃないかな。
あとはね、単純に「風に吹かれる」ことって生物に必要だと思うんだ。エアコンの風じゃだめなのよね。風向きや風量がころころ変わる自然の風に吹かれることが大事。今ね、自然欠乏症って病気が生まれてるんだって。自然にあまり触れない生活をしてきた子供たちは脳の発達がイビツになって、精神的、身体的な問題を抱えやすいらしい。
- 星野:
- 風に吹かれて、雨に打たれることは人間に本当に必要なのことかもしれませんね。

構成: 森 綾
撮影: 山口宏之